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2015年12月5日土曜日

12/5

校舎の吹き抜けに内部を溶かした発泡スチロールを架ける。その中を覗かせる。

発泡スチロールの内部を溶かしながら出来上がった奥行きのある空間は、時間の経過を表す。長く伸びたその空間は、時間の経過とは瞬間の連続であることを意味し、有機的な溶け方をした内部は無機的な外部と対比する。構造体を建築の一部と干渉させることにより、平凡な日常にスパイスを加える役目を担う✌︎✌︎






2015年6月4日木曜日

大山賢也 ft. Anish Kapoor & 大巻伸嗣 (Tsuchiya Radio Remix)

自分の好きな、影響を受けたアーティストを1人決める。これが思っていた以上に難しいのですが、文明の利器を駆使して調べていたところ言葉の壁にぶつかり、とある日本人アーティストに落ち着きそうでございます。ジパング最高。

自分が直感で好きだと思うものは大抵空間を広く使った五感をくすぐられるようなビジュアルアートが多い。最初に視覚、次に触覚、そして聴覚や嗅覚、時には味覚、嫌でも五感が刺激されるようなものである。

大巻伸嗣というアーティストは、子供の頃から街全体が遊び場だったという。家の屋根をつたって友達の家まで行ったり、道路でローラースケートをしたり。そんな少年時代の延長として今の作品があるのだと思う。遠くからただ眺めるだけの作品ではなく、実際に触ったり、作品の上に立ったり歩いたりすることで、鑑賞者の気持ちが自然に作品の中に入っていく。そうして、作品は「作品」として成立する。


そこにあるはずなのに普段は認識されていないもの、例えば空気や空間、または自分だったりもする。そういったものが、身体を介して見えてくる。アーティストが作った「きっかけ」の中に、実際に我が身を突っ込んでみて初めて、「認識」が生まれる。


いわば、「遊び場」なのである。オトナの遊び場。というと語弊があるが、オトナの遊び場、で間違っていない。多くを与えないシンプルな玩具を「きっかけ」として設置する。そしてあとは受け取り手にゆだねられる。それで受け取り手の心が動いたもんなら万々歳。それがオトナの遊び場、である。


大巻伸嗣のように、子どものときの遊び方は現在の感性、感覚に大きく関係しているのだと思う。小さな子は他人の目など全く気にしないで五感をフル稼働させて日々生きている。最高のアーティストである。最高から10年程経ってしまった今、最も輝いていた当時の感覚を思い出し、昇華させて制作に取り組んでいきたい。



挿入画像
1枚目 大巻伸嗣《Liminal Air Space-Time》
2枚目 大巻伸嗣《Liminal Air -descend-》
3枚目 Anish Kapoor
4枚目 Anish Kapoor《Cloud Gate》

2015年5月9日土曜日

講評翌日

土屋先生の森で裸で走り回っていた大山です。おはようございます。

2週間続いた1日1制作もおとといで終わり、昨日は展示、講評でした。最終的に1人13個の作品が10人分、130個の作品が並んだわけですが、そこらで開かれている一般的な展示とは異なる雰囲気の、一人一人の個性が存分に出ているとても面白い展示となっていたのでないでしょうか。

自分では10年頭をひねっても思い付かないような発想をしている人や、色使いや表現方法が正反対の人、一見ストレートな表現に見えるが、見れば見るほどその奥が深いように見えてくるものまで、本当に多種多様、十人十色の作品たちでした。

そして、自分の13個の作品は自分ではどれも気に入っていて、それなりのものになったとおもっています。中には突発的に行動を起こしたために一悶着あった作品もいくつかありますが、そのような点も反省して次回に生かしていきたいと思っています。まあ、よくよく考えてみれば当たり前のこと……まあ、よくよく……まあ、よく……まーよ……まよ…………。


次の投稿者は、鈴木マヨさん。